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zoom RSS テアトル・エコー『風と共に来たる』で知る映画誕生のドラマ

<<   作成日時 : 2009/08/31 20:29   >>

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 テアトル・エコーで、8月31日(月)『風と共に来たる』を観た。映画“風と共に去りぬ”の誕生エピソードを劇にした作品である。東京・恵比寿のテアトル・エコーは初めて。
   1939年のハリウッドが舞台。といってもプロデューサーが自分の部屋に脚本家を缶詰にしているというシーン。パンチのない脚本と演出に不満で監督をクビにして新監督を任命、そして新たな脚本家は天才早書き作家なのだ。締め切りに追われてバナナとピーナッツと水だけの不眠不休の生活で部屋は散らかり放題。脚本家は最後のシーンでスカーレットの台詞に怒り、こんなんじゃ映画のラストシーンにならないと怒る。実は脚本家は、原作を読んだことがなかった!?だからプロデューサーの指示通りの脚本が書けたのか!?
  シアタートークがあったので、参加してみた。ほとんどの人が残って聴いている。訳・演出の酒井洋子さんによると、この映画、なぜこんなラストシーンなのかとかねてから疑問を抱き、今回の台本がやはりラストシーンを問題にしているのを知って、欧米でもそうなのかとあらためて感心したという。
  問題のスカーレットの台詞は、After all, tomorrow is another day.というもの。新潮文庫の大久保康雄・訳では、「明日は明日の風が吹く」である。酒井さんは、原文通り「明日は明日、また別の一日」と訳している。こうでないと、脚本家が怒るシーンにはならないわけだ。
役者にとって台詞を覚えるのは大変そう。アドリブも頑張っている。8月21日(金)〜9月2日(水)のほぼ毎日、日によっては昼または夜の上演なのだが、酒井さんによると演出は変えていないという。ただ、最初はわかりやすくと思い台詞をゆっくり語っていたのだが、客の反応を見ているうちにだんだん早くなってきて、それが観客に受け、上演時間が2時間で収まるようになったという。
  今回の作品の中では、プロデューサーのセルズニックと脚本家のベン・ヘクトはユダヤ人であり、それを前提としたやりとりもある。日本人にはわかりにくく、その背景を教えてほしいとの質問もあった。1939年という大戦前夜、欧州ではナチが既にユダヤ人迫害を初めて久しかった。多くのユダヤ人が米国に逃れ、映画界もかなりの人材がいたし、現在でも大きな影響力を持っている。監督のヴィクター・フレミングもインディアンとドイツ人の血を引いているという。ブラックボックスに入れず、正面切って取り上げているということなのだ。
   31日は台風も近づき、辺りは騒々しい。しかし、劇場は満員。最後のシーンでセルズニックがパイプをくゆらす。その香りがジーンと伝わり、映画のラストシーンの疑似映像がスクリーンに映し出されて幕となる。久々の好作品であった。 
  

作 ロン・ハッチンソン
(初演2004年シカゴ・グッドマン劇場)
訳・演出 酒井洋子
デイヴィッド・O・セルズニック(プロデューサー) 安原義人
ベン・ヘクト(脚本家) 多田野曜平
ヴィクター・フレミング(監督) 後藤敦
ポッペンガル嬢(秘書) 太田淑子


風と共に去りぬ (5) (新潮文庫)
新潮社
マーガレット・ミッチェル

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